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第二幕

last update Last Updated: 2025-10-17 22:51:23

 部屋に入るとすぐに着付けの作業が始まった。ミリアが先導しアロッサがその助手のような形で仕事をする。いつ見てもミリアの手捌きは一流もので手慣れているのが分かる。それに比べアロッサはどこかぎこちなく作業が遅れて見える。まだ、新人だし軽く見てあげても良いかしら?

「ちょっとアロッサ! 貴方、何回言ったら分かるの? それは最後にやるから今はこっちを手伝いなさいよ! 本当にも……」

「す、すみません。今やります」

 人目を気にせずミリヤはアロッサに罵声を浴びせる。私には何を間違えたのか全く見当もつかないが、ミリアには何か分かるのだろう。ここは、ミリアに合わせて少し呆れた様子でも見せておこうかしら?

 姫は、僅かに眉を顰めるとアロッサに視線を送った。

「リアナ様。昨晩はよく寝られましたか?」

「そうね。ちょっとハエが多くて寝るには……」

「アロッサ! それはもういいからこっちをやりなさい!」

 私の言葉は遮断された。そもそも、ミリアは私のことなど特に気にかけていない。交わす会話も毎日同じもの。自分の仕事に集中しているからだろうけど、それならそれで無理に会話してくれなくて結構。こっちは、はなから話すつもりすらないんだから。

「すみません。それで、昨晩はよく寝られましたか、リアナ様?」

「ええ。文句のつけようがないほどに良く寝られたわ。ミリア」

「それは、良かったです。また、何かありましたら、お伝え下さい。すぐに改善するよう手配いたしますから。ご安心下さい」

 私の記憶が正しければ、もう2ヶ月も前から同じ改善案を出しているはずだが、一向に改善されていない。というより改善する気がないんだと思う。次第にハエの数が減っているようにも見えるが、単に季節の移り変わりが原因だと思う。それなのにミリアときたら毎年、何の恥じらいもなく「私のおかげで改善された」と言う。本当にそうなら、もう毎晩私が寝てる間に騒がしくしないでほしい。それか、もうハエ叩きは使わずに拳でやってほしい。

「リアナ様。着付けが終わりましたので、ダイニングルームへお越し下さい。皇后陛下がリアナ様をお待ちしています」

「そう。お母様が……」

「どうしましたか? 体調がすぐれないようですが。何か、ご不満でもありましたか。私に出来ることでしたら助けになりますから」

「なんで不満があると体調が悪くなるのかしら? 私、そんなにストレス耐性ない様に見えるの? 違うわよ……」

 アロッサに対しては、あれほどキツい態度を見せたミリアも姫には笑みを交えながら話をする。しかし、その目に光が宿ることは決してない。ただ、私の機嫌をとりたいだけなのだと思う。

「……お父様は来てないのね」

 その質問にメイド二人は沈黙で答えた。

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